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摂食障害を経験・克服した
ぽっちゃりモデルことなさんに聞く
「摂食障害との向き合い方」
営業として食品会社に勤めながら、Alinomaモデルとしても活躍していることなさん。おしゃれで可愛らしく、周りにいる人を笑顔にする朗らかさと気配りが素敵な女性です。
そんな明るい彼女には6年間摂食障害に苦しんだ過去があります。
当時のお話と病との向き合い方、そして今の気持ちをうかがいました。
目次
公開日 : 2019.2.28
更新日 : 2020.2.25
ダイエットを始めたきっかけを教えてください
幼い頃からずっと芸能界に憧れていて、ずっと芸能人になりたいと思っていました。ですが中学生くらいからコンビニにはまり太り始めて……。オーディションに行っても 「痩せてから出直して」 「その体型で芸能人になれると思っているの?」 と言われてしまい、ダイエットしては挫折していました。
それでもやっぱり芸能界を諦めきれず、20歳の時に「1年間、頑張って痩せよう」と本格的にダイエットを始めました。
念願叶って、アイドルになり、88キロあった体重は40キロ台に。事務所に所属して、表舞台に立つようになりましたが、急激なダイエットによって鬱状態になっていました。アイドル仲間との体型を比較し、もっと痩せないと、もっと頑張らないと… ことなさんは精神的に苦しめられていきます。
どのような症状なのですか?
常に目標体重じゃなきゃいけないと思い込んでいました。ご飯を食べた後もふくめて1日中48キロでいるためには、46キロを目指さなくちゃいけない。痩せるために、ジムに行って運動をたくさんして、何時間も半身浴して。
46キロになったら、44キロの方がもっと可愛くなれるんじゃないか……そんな風に考えていました。常に体重のことで頭がいっぱいで、せっかく夢叶って芸能界に入れたのに、全然楽しくなかった。人とも話したくなかったです。
ステージに立っている時も、ファンの方と接している時も、「ジムに行って運動して痩せなきゃ」と思っていました。
「痩せなきゃ」とどんどん自分を追い込んでしまったんですね
はい。今度は「何でこんなに頑張って痩せなくちゃいけないんだろう」とストレスに。そのはけ口が「食べる」に変わっていって、たくさん食べて次の日は何も食べずに代わりに6時間くらい運動して。
ネットで「吐くと楽になる」みたいな情報を得て実践したこともありました。でも、吐いたら吐いたことへの罪悪感で自己嫌悪に陥っていました。もともとは食べることが好きだったのに、食べることが嫌になり、でも食べてしまい吐いて朝起きて泣いて……半年くらいそんな日々を過ごしました。
夢だった芸能界を楽しめないが、周りの子は楽しんでいる。そんなギャップに疲れて芸能界引退を決意。悲鳴を上げていた体調と心を見直すことに。
どんなことがきっかけで摂食障害を克服できたのですか?
芸能界を辞めて、自分の環境を見直しました。
一人暮らしでしたが、しばらく会っていなかった父に相談し一緒に暮らすことになりました。そして、もともと家でじっとしているより何かをしていることが好きなので、営業のお仕事を始めたんです。しんどいのに営業?って思われるかもですが、外に出ていろんなところに行って誰かと話せるほうが性にあっていると思ったんです。
そんな軽い気持ちで始めたお仕事でしたが、思いのほか成績が良くて、誉められることが多くなりました。あんなに頑張って入った芸能界を楽しめず辞めてしまい、「自分には何もない」、「芸能界に入るという夢は終わってしまった」と、これまで頑張ってきたことがすべて水の泡になり虚無感を感じていましたが、仕事を通じて「自分にもできることがある」という気づきと、少しずつ自信が持てるようになりました。嬉しかったですね。
そして、会社に入った頃は同僚とランチに行くのも辛かったのですが、食品会社ということもあり、周りの人が「楽しそうに食べている姿」がとって新鮮で。アイドル時代は食べることに罪悪感を感じていたのに、だんだんと食べることが好きだった自分の感覚や食べる楽しさを思い出していきました。
お仕事が摂食障害克服のきっかけの1つだったんですね
当時は、とにかく病気になった自分が嫌でした。もともと明るい性格なので、「病気になんかならない」とすら思っていたので悔しくて、弱い自分を認めることができなかったんです。
ですが、仕事だけでなく、父や当時の彼氏が本当に親身になって支えてくれました。
すすんで摂食障害の本を読んで理解しようとしてくれたり、病院を調べて一緒に行ってくれたり…。
一緒に住んでいた父から「今日は仕事からまっすぐ帰ってきて」と言われ、一緒に摂食障害の特集番組観て、「辛かったんだね。もっと理解できるようになるし、一緒に頑張ろう」といってくれたことは本当にうれしかったです。近くにいてくれる人が病気を理解しようとしてくれる姿勢や、「一緒に頑張ろう」という言葉で、自分は1人ではないと実感でき、変わろう・治そうとさらに思うようになりました。
だけど、完治はしなかったのです。仕事や周りの人に支えられ、症状は落ち着きつつも良かったり悪かったりと波のある状態が続きました。治りきらない病気に対し、心のどこかで、この病気とは「一生付き合っていくもの」と思っていました。
20歳から摂食障害に苦しみ続けたことなさん。周りの人に支えられ、仕事を通じて自信を取り戻していきながらも完治には至りませんでした。
26歳で克服できた理由は何だったのでしょうか。
ではどのように完治に向かっていったのですか?
考えてみると本当に治るきっかけは彼氏に振られたことかもしれません。
彼氏や家族など自分を大事にしてくれる人や、自分が楽しめる仕事が揃っても、結局完治はできませんでした。ようやく自分に足りないのは、誰か他の人や何かではなく、自分自身だということに気づいたんです。
それまでは、病気になったことで、家族のありがたみ/彼氏と出会えた/自分に合う良い職場にめぐり会えたと、「病気になった意味付け」をしていました。
そして、出会えた彼氏や仕事・家族によって、新しい自分に変わることを望んでいました。
要は、何かによって完治して、変わることを望んでいたのです。
そうでなければ病気になった自分を許すことができない。こんなに苦しい病気になったんだから、病気になったことで 「 得たもの 」 がどうしても欲しかったんです。
でも、彼氏に振られたことがきっかけで、大切な人がいつもそばにいてくれるわけじゃないんだと分かって、自分で頑張れるようになりました。何かによってではなく、自分自身で変わるしかないと、ようやく気付くことができたんです。
「誰かのせいやおかげではなく、まずは自力で病気を治そう」「自分が変わるしかないんだ」と思うようになり、「結局は自分次第だ」と考えられるようになって、半年ほどで完治に向かっていきました。
理想に縛られなくなって、仕事を通じて 自分を肯定的に見られるようになったことは、本当に大きかったと思います。同じところに居続けるのではなく、少しずつ変わろうという思いと、少しずつの肯定が積み重なって、小さい頃に夢描いていたような形ではないけれど、今の自分を受け入れることができ、いろんな人がいていいんだなって許せるようになりました。
現在は、企業に勤めながらモデルとしても活躍中。Alinomaモデルになったきっかけを教えてください
経験を生かして、ブログなどで摂食障害について発信していくことは考えていたのですが、体型のBefore/Afterが分かりやすいように、また痩せないと表舞台に立てないと思っていました。
そんな時、Alinomaモデルの募集を知って。プラスサイズのまま発信・誰かの役に立てるのではと思い応募しました。
Alinomaモデルをやらせてもらうようになって、摂食障害に悩む人たちからインスタのDMをもらうようになったんです。
病気は目に見えないから理解しにくい、何が苦しいのか伝わりにくいので、少しでも気持ちが晴れたり考え方が変わったりしたらいいなと思い、できる限りお返事しています。
でも、自分の気持ち・経験からだけでなく、専門的な知識や見解から困っている人をサポートしたいなと思うようになって…本格的に勉強するため4月から大学に行く予定です。
摂食障害に悩む方にメッセージをお願いします
諦めないでほしいです。まずは行動を起こすところから!摂食障害は治る病気です。一緒に頑張りましょうね!
会社員として働きながら、Alinomaモデルとして活躍することなさん。
少しでも摂食障害の方の役に立てればと、大学進学を決意する姿勢に編集部一同「すごい!」と感嘆の声が漏れてしまいました。前向きで、とてもキラキラしている彼女の活動を応援しています!
##監修者プロフィール
colorear編集部
プラスサイズの女性のためのライフスタイルマガジン。毎日のコーディネートのヒントやきっかけ、専門家によるお役立ち情報、グルメ情報など、毎日に彩りを添えられるような情報をお伝えしてまいります。